福岡高等裁判所 昭和25年(う)906号 判決 1950年11月22日
被告人
小野貫市
主文
原判決を破棄する。
本件を原裁判所に差し戻す。
理由
弁護人尾形再臨の控訴趣意について。
原判決は被告人の原審公判廷における供述(検察官の起訴状の朗読に引続き裁判長から被告事件に付陳述の有無を問われその答として事実はその通り間違ありませんとの供述を指す)の外大蔵事務官山口実作の犯則事件取調顛末書、領置書、検察官副検事緒方開作成の被告人の供述調書を証拠として被告人は法令上許された場合でないのに、昭和二十四年五月五日熊本駅構内で葉煙草一貫匁を所持していたものであるとの事実(公訴事実と同一)を認定している。しかしながら前示被告人の原審公判における供述以外の前記証拠によれば被告人が熊本駅において葉煙草一貫目を所持していたのは昭和二十三年五、六月のことであつて、同二十四年五月五日ではないようである。尤も原審における被告人の前示供述は形式的には一応公訴事実(原判決認定事実と同じ)に対する自白と見らるること勿論であるが、その前歴から法律に暗いと思われる被告人が果して犯罪日時の点まで諒承の上公訴事実を肯定したものかどうか多大の疑がある。又仮にかひなき自白であるとしても之に対する何等の補強証拠も存在しない。なんとなれば原判決が挙示している前掲三つの証拠は約一年を距つる日時における被告人の煙草所持に関するものである。しかして仮に所持の場所及数量が同一であつても両者の間にかゝる長日月の距りのある以上、その間に所謂事実の同一性ありとは到底云われないからして前示三証拠が本件公訴事実に対する被告人の自白の補強証拠としてはその適格を有しないこと明かであるからである。果して然らば原判決には事実の誤認又は適法の証拠に基かずして有罪の認定をした違法があり、なお仮に事実誤認だとすれば、右両犯行時の間に適用罰条に変更がある故該誤認か判決の結果に影響を及ぼす性質のものであること洵に明白である。されば以上何れであるとしても到底破棄を免れない。論旨は理由がある。